平手友梨奈が向き合った人とは…

 アマゾンで注文していた「ROCKIN’ON JAPAN」10月号…別冊がやっと届いたので、夜勤明けのきのう、読みました。

 【岸恵子さんを思い出した】
 平手友梨奈さん、自分が現役記者ならインタビューしたいかどうか。正直に言うと、逃げたいだろうなと。生半可の気持ちでは、そもそも向き合ってくれないだろうし、傷つくことを恐れない真剣勝負の覚悟がないと向き合えない。

 インタビューのうまい記者になりたかった。

 新人のころは100も200も質問項目を用意していった。はじめて本格的なインタビューをした相手は、新進気鋭のプリマドンナだった。こっちも新人、あちらもインタビューされるのははじめて。都内の喫茶店でたぶん3時間くらいは話したと思うが、用意した質問がすべて終わるまで彼女はひとつも嫌な顔しないで答えてくれたのが、記憶に残っている。出来損ないの記者ぽっぽによくぞ付き合ってくださった、と感謝しかない。

 その後、インタビュー前にはその人の過去の新聞記事や、雑誌記事(大宅壮一文庫で有料で検索し、購入した)を読み込み、できる限りの準備をするようにした。インタビューで一番考えたことは、どの「ワード」に心が動くのか、どの言葉がその人の琴線にふれるのだろうか、ということだった。今振り返ると、人形師辻村ジュサブローさんのインタビューが思い出深いが、その話はさておき。

 ある日、女優の岸恵子さんのインタビューに出かけた。もう忘れたけれど、都内だったか、岸さんのご自宅のリビングのソファで大女優と向き合い、まもなく後悔した。
 準備も足りなければ、覚悟もなかった。本当に失礼なインタビュアーだった。「やばいよ」と心がざわつき、岸さんの言葉も上の空で聞いていた。
 でも、何を勘違いされたのか、岸さんが「あなた、よくわかってるわね」と言ってくださり、上機嫌のままインタビューを終えることができた。インタビュー記事も喜んでくださったとあとでマネージャーさんから聞いたような気がするが、もしかすると、岸さん本人から聞いたのかもしれない。

 自分のダメさは自分がよくわかっていた。
 平手さんのインタビュー記事を読みながら、岸さんをインタビューしたときの後ろめたさと自己嫌悪が蘇ってきた。

 【固有名詞を出したのは…】

 平手さんのインタビューでは最後にドキュメンタリー映画「僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46」のことを話題にしていた。「この話も軽くふれておこうか」くらいの体で付け足された感があるが、このやりとりを読んで、僕自身は「平手さんはこれを言いたかったから今回のインタビューに応じたんだろうな」と直感した。

 平手さんは、自分のまわりには必死にサポートしてくれる「マネージャーさん、秋元さん、メイクさん、信頼しているスタッフさん」がいることを伝え、「その人たちのことは叩かないでほしい」「それが自分は一番傷つくから」と訴えた。
 
 その意味すること? 映画を見たらわかるんだろうか。

 ところで、平手さんのインタビューを通読してひとつ心にわだかまることがあった。

 欅坂46にかかわる人の中で平手さんが唯一、固有名詞を出したのがプロデューサーの秋元康さんだった。

 「(すいません、ばかり言っちゃうことを)秋元さんにも一回それで怒られて」
 「(孤独になれる、孤独になれ)ずーっと昔から秋元さんに言われていた言葉でもあるんですけど」
 「(映画のタイトルについて秋元さんは)疑問に思ってるとは言ってました」

 一方で、欅坂46のメンバーの名前はだれひとり出てこなかった。キャプテンのゆっかーも、「てちねる」も…。

 最近、いくつかのメディアでメンバー数人がインタビューをうけて「平手とは…」「てちとは…」と語りだしている。
 これらを読むと、メンバーにとって平手さんとどう向き合うのかが大きな命題だったのでないかと感じた。
 
 一方、平手さんにとって向き合う相手はメンバーではなく、秋元さんだったのではないのか、と思えてしまった。

 秋元さん…。
 僕らがイメージする秋元さんと平手さんの目に映る秋元さんは違うのかもしれない。

 「秋元康が見た平手友梨奈」

 そしてもうひとつ、「平手友梨奈が見た秋元康」。

 この二つのインタビューを読みたい。