「田村淳はこの先日刊スポーツの取材に応じることはない」に思うこと(2)

 前回、「田村淳はこの先日刊スポーツの取材に応じることはない」に思うこと(1)を書いてから2週間以上たった。今回はその続き。

 淳さんは以下の2つのタイプの記事が「嫌いで読まない」と公言していたので、まずはそのことを(芸能ニュースに限定して)少し考えてみたい。

「コピベ記事」(ツイッターやブログをコピベしただけの記事)
「こたつ記事」(取材に出かけることをせず、テレビやラジオの内容を部分的に書き起こした記事)

 どちらも必要がないとはいわない。必要なものもあると思っている。ただ、「えっ、これがニュース?」と驚かされることも多い。

 ある女性タレントが美容師と交際していると報道され、その直後のバラエティー番組で自身の熱愛報道について発言した部分が、「カリスマ? 全然、普通の美容師さんです」とのタイトルでネットニュースになっていた。

 ふーん、こんなんでニュースと呼ぶんだ、と10数年ニュースから離れていた自分にはショックだった。

 かと思えば、局アナが自身のインスタグラムにノースリーブ姿の写真を載せたところ、「こりゃたまらん」とニュースになっていたのにも、あぜんとした(ごく普通の服装じゃないの?)。また、スタイルのいいモデルさんや女優さんが写真をアップすると、「美脚すぎ!」「かわいい!」と記事になるけど、こんなのもニュースなの?といつも疑問だ。

 石器時代のオヤジ記者が、若い世代についていけないだけだと自戒しなくちゃ、とは思っている。

 「コピペ」記事は、基本、ブログ、ツイッター、インスタからそのまま文章、写真を貼り付けるだけなので、ものの数分で作成できる。非常にらくちん。

 「こたつ」記事は、テレビやラジオを一応、1時間なら1時間見なくちゃいけないし、必要な部分を抜き書きするさいには、どことどこを抜き、どう組み合わせるかを考えなくちゃいけないから、「コピペ」よりは手間がかかるし、文章のセンスも多少は必要。

 Yahoo!ニュースのコメント欄に「テレビを見たまま書いただけ、それが記者か?」といった批判が書き込まれているのを読んだことがある。そのとおり!と思っているんだけど、そんなお手軽なネットニュースがネットユーザーに、わりかしよく読まれているという現実もある。

 ネットニュースを書いている若いライターさんはアクセス数を注視し、“バズる”ニュースをどうやって掘り出そうかと懸命でもある。

 僕らが現役のころ、他メディアが報じていたニュースを、自力で後追い取材せずに「一部報道によると…」という枕詞をつけてリライトしただけの記事が横行した。編集局長に「僕らに万引き新聞を作らせる気ですか?」と食ってかかったことがあったけど、「そういう意見も貴重だな」との一言でスルーされ、同僚、先輩は誰一人同調してくれなかった。そんな人たちが、今の新聞社の中枢にいる。ラクしてニュースづくりする「禁じ手」に手を染めるのに、後ろめたさがなかったのかもしれない。

 ただ、「コピペ」や「こたつ」にもニュースといえるものがある。「第一子誕生しました!」とか「結婚します!」とか「事務所を退所します」とか。また、最近ではタレントさんたちがツイッターで「#検察庁法改正案に抗議します」などと投稿し、これがニュースになったことも記憶に新しい。

 ナイナイ岡村のラジオでの「コロナと風俗」にからんだ発言が物議をかもしたこともあった。これなどは「こたつ」取材の成果といえよう。

 タレントさん自身は想定外かもしれないが、いまや「タレント」イコール「権力者」であると思っている。なにしろ彼らの発言が商品の売れ行きを左右したり、場合によっては社会を動かしたりもするのだから、メディアとしては「権力者」の言動を逐一チェックするのは当然の成り行きだ。

 ネットニュースをめぐって感じていることが、もうひとつある。
 ツイッターやインスタに投稿するタレントさん、番組をPRしたいテレビ局、アクセス数を稼ぎたいメディア各社、ライトなニュースで暇つぶしをしたいネットユーザー。この4者がいずれも「ネットニュース」を歓迎しているんじゃないか、ということ。

 タレントさんはネットニュースに登場することでレゾンデートル(存在証明)をはかれるし、テレビ局は番組名をニュースに出してもらうことで宣伝になるし、メディアは手軽なニュースでアクセス数を稼げるし、ネットユーザーも暇つぶしできる。4者のwin-win関係があるので、ネットニュースがここまで隆盛を極めたのではないだろうか。

 そう理解しているつもりでも、「こんなのニュースじゃない」「記者のやる仕事じゃない」と叫びたい気持ちもある。

 (この項つづく)